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The present from 《M》 to...
「だから、確かにここなんですってば!」
赤いジャンパーを着た男は、同じことを何度も喋らされるのにうんざりしたのか、苛々した声で告げた。小さな箱のようなものを小脇に抱えたままで。
新入りの職員は予想外の事態に、しどろもどろで「規則」を復唱するだけだった。
「あの‥‥園内には許可された機関からの配達物しか入れてはいけないのです。失礼ですがあなたの運送会社は、登録リストには入っておりません。配送先をお間違いではないでしょうか?」
「それはありませんよ。ほらね、これ伝票ですけど、指定された住所はここ以外ありえないんですから」
「でも、差出人も受取人もろくに書いていない。正直なところを申し上げましょう。あなたもご存知だと思いますが、ここのような有名な施設には、たまに来るんですよね‥‥その‥‥物騒な類のほうのプレゼントが」
「──つまり、受け取り拒否……ということで処理してよろしいんですね?」
諦めたような口調で、赤いジャンパーの配達員は胸元からボールペンを取り出した。伝票にその旨を書きこんで、さっさと帰ることにしたらしい。
「いえ、少々お待ちください。念のため、上に問い合わせてみます」
「……なら、さっさとしてくださいよ。こっちも他の荷物があるんですから」
ここまで言い争っていた二人の後ろを──すっと、白い影が通り過ぎた。
◇◇◇
「メリークリスマス!」
大広間のツリーの下、ずらっと並べられた色鮮やかなプレゼント・ボックスの山。子供達は我先にそれに駆け寄り、自分宛のものを見つけると騒々しく包み紙を剥がし始めた。鉄道のおもちゃ。三十六色のパステル。テレビ番組のキャラクター人形に、人気の歌手のCD──皆上気した顔で、各々のプレゼントを早速見せ合いっこしている。
「園長先生、私のプレゼント見て! サンタクロースがちゃんと持ってきてくれたの!」
少女の一人が、自分の体ほどもありそうな巨大なテディベアを抱き上げて、ぴょんぴょん跳ねた。園長、と呼ばれた眼鏡の老人は、不器用に微笑んで「よかったね」と言った。今回のサンタクロース役を務めた職員達も、同様ににっこりと笑った。
プレゼントの興奮の嵐が一通り去った後、ふと誰かがあの名をつぶやいた。
「あれ、園長先生、Lはいないんですか?」
「そうだ、先生、昨日Lがこっちに帰ってきたんでしょう! 朝ごはん一緒に食べないんですか?」
新しいプレゼントのように、Lという名が子供達の口から次々に発せられた。
「僕、Lに会えたら渡そうと思って、手紙書いたんです……渡せるかなぁ?」隅でロボットのおもちゃをいじっていた子が、急に立ち上がって叫んだ。それを引き金に「私も手紙を」とか、僕はプレゼントもある……等々、幾つもの甲高い声が響き渡り、ツリーの下はまたしても大騒ぎになった。
老人は、少し悲しそうにその騒ぎを見ていたが、やがてぼそぼそと話し始めた。
「みんな……残念だが、彼はもうここを発った」
一瞬静まり返った大広間。の後、一斉に発せられたブーイングが収まるのには、相当の時間が要されることになった。
◇◇◇
『……それは、すまないことをしましたね』
「いや、別に。君の気まぐれは、いつものことだ」
『皮肉ですか?』
「私も好きでこちらの仕事をしているわけじゃない。子供相手にばかり過ごすのも、少しくたびれてきたようだ」
『では、これから私が伝えることは朗報ですね。あなたにとって』
「ああ。新しいパズルがついに解ける……というわけかな?」
『はい、その通り。あの犯罪組織が、近々大規模な麻薬取引を行うそうです。日本で』
「わかった。チームLを召集しよう」
『詳細は追って連絡します……ああ、あとそれから』
「何だね?」
『メリークリスマス、ワタリ──いえ、Mr.ロジャー』
「メリークリスマス……ニア」
かすかな笑い声を後に、通信は和やかに切断された。
◇◇◇
白髪の少年──ニアは、先ほどから握っていたものを天井に向かってかざした。
昨日、一年ぶりに《ハウス》に戻った時に得たものを。
あの時、たまたま自分が廊下を通りかからなかったら、運送会社側で廃棄処分にされていたかもしれない、あの「プレゼント」を。
亡くなった時、「彼」は煙草をくわえたままだったという。しかし、遺された所持品の中に、いつも使っていたとされるあの品は見当たらなかった。車のシガーライターに、吸っていた煙草の種類と一致する灰の付着があったが、それだけだった。
二年という月日のせいか、これが入っていたボール箱はやや歪み、角が丸くなっていた。だが、箱の蓋に記された署名は、まだ鮮やかな緑色──《Matt》。
今一度、ニアは手のうちの品を見つめる。
鈍く銀色に光る、ZIPPO。
結局、マットとは最後まで、きちんと語り合ったことはなかった。あんなに長い年月、一緒の施設で暮らしていたというのに。《読む》能力のこともあり、彼とは目もろくに合わせなかった。向こうの目がゴーグルの彼方にあってもなお──怖かったのだ。
ZIPPOの底面のメッセージ。ナイフで二つの刻印がなされていた。一つは《M》という古い痕。そして後で刻まれたらしいものを併せると──。
──"from 《M》 to 《Mello》"
本来ならば、これが渡される予定だったもう一人の登場人物。彼ももういない。気がつけば自分は、あの彼の年齢をも追い越そうとしている。
ZIPPOの蓋は、かちり、といい音をさせて開いた。
マットは、おそらく自らの死を覚悟して──運が良ければメロが生き延びてくれるかもしれない、というわずかな希望に賭けて──これを送ったのに違いない。用心のために、配送期間を後に指定し、《ハウス》宛にして。ここであれば、箱の署名を見た瞬間に適切な対応をしてくれる、と踏んだのだろう。
何度目かのチャレンジでようやく灯った火は、思ったより暖かかった。しばらくそれを見つめたのち、蓋を閉める。
「わかっています。生き残った者には、それ相応の責任があることを……私は最後まで、あの事件と付き合うつもりですよ」
あの事件の、残されたピース。おそらく鍵は──日本。今度の麻薬取引事件で、また向かうことになるであろう、あの地。
胸に手を当てて、少しの間目を閉じる。
「マット、そちらで見ていてください……メロと共に」
ポケットに収めたZIPPOから、まだ残るほのかな熱が心臓へ伝わってくる。
さあ、始めよう。自分がこれからも生きていくための、最後の戦いを──《キラ》事件の全ての終わりを。生き残ったこの身に、たくさんの人の想いを宿して。
The End.
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