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カウントダウン
-The last piece-

---Count "5"

ビル群の向こうに、夕陽が沈もうとしていた。

人々は慌しく、しかし一定のリズムを保って巨大なスクランブル交差点を行き来している。

その波に乗って渡ろうとしたが、道路に踏み出す寸前、信号は点滅し始めた。ばたばた走ってゆくのも何だか面倒になり、流れはじめた車の列をぼんやりと見つめる。

けたたましい排気音を立て、目を疑うほど派手なバイクに乗った一団がすぐ側を通り過ぎていった。

街は今日も変わりなく、喧騒に包まれている。

街頭の巨大ディスプレイに目を向ければ、毒々しい色彩が踊り狂うCMの洪水。若い女性タレントが満面の笑みを浮かべながら、新発売の飲料水のアピールをしている。

また道路に目を戻す。ちょうど信号が青に灯ったところだった。歩き出す。

ポケットの中に、振動するものを感じた。携帯電話の着信。ディスプレイに表示された番号は、見知らぬものだった。

「もしもし」通話キーを押し、無愛想に電話に出たその後数十秒間──自分が何と答えていたのか、ほとんど記憶になかった。相手の最後の言葉も、やけに遠くのもののように聞こえていた。

不意に、鋭いクラクションが響いた。はっと見回せば、信号は既に赤。交差点を三分の二ほど渡ったところで、自分一人が道路に突っ立っていた。慌てて歩道までダッシュする。

周囲のドライバーの「なんだこいつ?」という視線が、全身に刺さってくるようだ。

歩道までなんとか着いたところで、思わずそばのビルの壁にもたれかかった。

明らかに混乱している自分を、どこか遠くからもう一人の自分が見ているような感じだった。

それでも、深呼吸を何回か繰り返すうちに、ようやく少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。それと同時に、右手に鈍い痛みが走っていたことに気づく。ああ、さっきの携帯をそのまま強く握りっぱなしだったのだ──思わず苦笑する。

ため息をついて携帯をポケットにしまい直すと、ゆっくりとまた僕は歩き出した。幸い、仕事はキリのいいところまで片付いている。でももう一働きのための気分転換、とコンビニにおやつを買いに行く途中だったが、今日はもうこれで上がりだ。

とりあえず、職場に戻らないと。

さきほどの電話の内容を、今一度反芻する。

──「今日、これから午後七時半に、あなたと少し話したいのですが……」

同僚の皆に、「それじゃお先に」とだけ告げて、駐車場に停めてあった自分の車に乗り込んだ。誰も不審がる様子はなかった。当たり前だ、きっと向こうはこちらの仕事の状況など、全て把握してから今日の話を出してきているんだろうから。

──「場所は……そう、あの場所です。地図は要りませんね?」

一年前にも、また行ったばかりだし……忘れようにも、忘れられないところだ。

アクセルをやや強く踏み込む。いつもより乱暴なスタートに一瞬とまどいつつも、車は快調に走り始めた。何度か道を曲がり、目的地へ近づくにしたがって、ビルも家も、周りの車も少なくなってくる。ちょっとしたドライブといったところだ。

窓を少し開けると、わずかに潮の香りがした。

これで例えば横に可愛い女の子でも乗っていて……なんてふと考えたりもしたが、そんな甘い妄想にいつまでも浸っていられるほど、今日の状況はのんきなものでもなかった。何しろ。

……直々の呼び出し。しかも、相沢さんや模木さんでもなく、なぜか僕だけを……?

──「それではお待ちしています、Mr.松田」

さきほどのやりとりの最後の言葉が、胃の底にべったりと張り付いていた。

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