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《W》 chose is... 1/3
The tune that 《W》 chose is...

壁一面を埋め尽くすモニターの海の中から、端の一つだけを切り替えてみる。

どこまでも広がる鮮やかな色の芝生が映し出された。あの懐かしい場所の中庭。セットされたテーブルに、子供達が集まり始めていたところだった。

「こちらも、お茶にいたしましょうか。アフタヌーンティーではなく、少々遅すぎるアフターディナーティーといったところですが」

銀髪をオールバックに整え、眼鏡をかけた老人──ワタリの言葉に、モニターの前に座った《L》は楽しそうに笑った。

ここは真夜中の日本。

この部屋にいるのは、ワタリと《L》二人きりだった。交代の者が来るはずだったのだが、何かあったのか時間より少し遅れている。

熱く湯気が立つ紅茶に角砂糖を大量投下し、《L》はカップを口へと運ぶ。

常に変わらないものは三つ。

《L》という世界最高の探偵の存在、正義は必ず勝つということ、そして、ワタリが淹れる紅茶の味。

「──だったのですが、今回の《キラ》事件は難問ですねえ」

《L》はフォークの先でイチゴのショートケーキをつつきながら、珍しくぼやいた。今までにもシリアルキラーとは散々つきあってきたが、《キラ》はそんな次元すら超越していた。「顔と名前が判明すれば人を殺せる」──死刑囚を贄にして判明したあの事実。

その後の捜査で、《キラ》の疑いがある人物をとんとん拍子に絞りこんだはいいものの、パズルの重要なピースが一気にごっそり抜け落ちてしまったような現状。

「先日の、夜神月の……あの件ですか」

向かいで紅茶を飲みながら、表情を変えずに答えるワタリ。

「ええ。まさかこういう展開になろうとは──ですね。私もまだまだだということでしょう」

それぞれ小さな部屋の中で、一挙一動を監視され続けている三人。

夜神月。夜神総一郎。弥海沙。

元々は《キラ》の疑いが濃厚な夜神月を追い詰めるために用意した作戦だったが、ある日突然、月の態度が豹変した。いきなり「自分は《キラ》ではない」ということを主張し出し、今までとまったく噛み合わない不自然な言動を取るようになったのだ。

「監禁生活のストレスで、精神に異常をきたしたというわけではなさそうですし……演技にしてはオーバーすぎます。おそらく嘘発見器などを使っても、不審な結果は出ないでしょうね。全ては白紙に戻りつつあるのかもしれません……いやはや」

さっき切り替えたモニターの向こう側では、それぞれテーブルに着いた子供達が楽しそうに喋っていた。音声はオフに設定しているのでその内容まではわからないが、きっといつも通り、他愛ない会話が交わされているのだろう。

「おや、ワタリ。また、例の二人はお茶の時間をエスケープしているのですね」

美しい中庭の光景をじっと見ていた《L》が目をしばたたかせた。

「はい。ニアに、メロ……ニアは何か考え事を始めると、食事の時間も忘れてひたすら自室にひきこもっているそうですから。メロは逆に、こないだも《ハウス》の監視網からはずれて、十四時間もどこかに行方をくらましていた──と、ロジャーから報告がありました」

「あの年頃の男の子なら、メロのように外へ出たがるほうが健全でしょう。いや、《メロ》だから、ということもあるのかもしれませんがね。ああ、その辺はワタリ、あなたの専門ではありませんか?」

「いえ、私はもう、研究の第一線からは退いておりますからな……」

ワタリは、珍しく苦笑いを浮かべながら答えた。

「ですが、《メロ》だから、というのはたぶんそうなのでしょうな。確かあの子が五歳くらいの時、《ハウス》の裏の木から落ちて三ヶ所も骨折したのに、たったの十日で退院したほどですし」

「ニアにも、その生命力を分けてあげたいくらいですね。ニアの知性。メロの行動力。それぞれの長所は、私より傑出しています。二人がもしちゃんと組んでお互いを補え合えれば、素晴らしい活躍ができるだろうと期待しているのですが……」

「おや、《L》、もう自分の引退後のことを考えているのですか?」

「いえいえ。私は辞めるつもりはありませんよ。何しろ、この《キラ》事件も解決し終わってないのですから。ただ最近、ロジャーから《L》候補を正式に決めろという催促がひっきりなしでしてね……まだあの二人はローティーンなのに、ロジャーは気が早くて困ります」

「あなた自身は八歳から探偵をしていたのに、ローティーンを”早すぎる”と?」

今度は《L》が苦笑する番だった。

確かにそれは全て事実。だがあれは、いわば自衛のための行動、自分に降りかかった火の粉を払うための戦いだった。

突き詰めてみれば今の《キラ》事件も、《キラ》が砕こうとしている「正義」のいわば代表として参戦し──死神が飛び交うこの最前線に立ち続けているのだ。

「ワタリ。私のケースはやはり不自然でしたよ。正直なところ、この形態での《L》は次世代へ継承されなくてもいいと思っています」

「それは……残念ながら《ハウス》の理念とは合致しませんな」

紅茶の湯気で曇った眼鏡を拭いながら、やや眉をしかめてワタリは言った。

そもそも、《L》を生み出すために創られたのが《ハウス》だったのだから。

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