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Welcome person's name 《M》
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物心ついた時から、俺の目には何かが《読めて》いた。しかしそれは、しばらくの間は誰にも気づかれることはなかった。

俺は成長し、言葉を使うことを覚えてしまった。自分の単語帳と《読めた》結果を無意識のうちに結びつけ、いつの間にか脳の中には忌まわしくも分厚い辞書が鎮座していた。

それでも、まだ幸せだったのだ。みんなそういうものだと思っていたから。

だから俺は単純に、母に聞いただけだった──「嘘」なんて概念は知らなかったから。


「──ねえ、ママはなんで、パパにいっつもちがうことをいうの?」

「突然何を言うの、マイル?」

「ママはきのう、おしごとだっていってでかけたのに、もっととおいところへいったんでしょう?ちかてつにのって。パパじゃないおとこのひととあってたんでしょう?」


みんなが《読める》んじゃないって、数日もたたないうちにわかった。

不貞を暴かれた母は、相手と逃げた。残された父は自暴自棄になり、俺を恨んで、気味悪がって、やっぱり逃げた。

それからは、事情をよく知らない親戚に引きとられて、同じように俺はまたいけないことを《読んで》口にしてしまい──以下、何軒目になるのか数えるのもやめた頃、《ハウス》からロジャーがやってきた、というわけ。


──ごめん。

──何も知らなかっただけなんだ。

──ごめんなさい、父さん、母さん──



冷たい感触で、目が覚めた。

元通りの、何も見えない世界。


俺はベッドに寝かされているようで、あの包帯もきっちりと巻き直されていた。眠っている間に泣いていたのか、包帯にはぐしゃぐしゃに涙が染みこんでいて、まぶたをじんわりと冷やしていたらしい。

「ごめんな」

え?なんだこれは。さっきの俺の夢とリンクした幻聴?視覚を無理矢理閉ざしてから数日経つのだから、そんなことが起きても全然おかしくはない。

「何も、知らなかっただけなんだ──俺は」

その声には、聞き覚えがあった。忘れようにも忘れられない。

「──メロ?」

「俺の名前、覚えててくれたのか。サンキュ」

メロは、ゆっくりと今までの経過を説明してくれた。

俺が倒れて大騒ぎになったこと。

同時に、火災報知器のスイッチを勝手にメロが押した件で二重に大騒ぎになったこと。晩になっても俺が目を覚まさなくて、心配になったこと……。

「お前の頭は許容範囲を超えたデータに耐え切れなくて、ショック症状を起こしたってロジャーから聞いた。あと少しでも負荷がかかっていれば、もっと危なかったかもって。ごめん──ごめんなさい。全部、俺のせいだ。何も知らなかったからって、許されるようなもんじゃないな」

メロの台詞には、少し嗚咽が混じりはじめた。

ごめん、と奴は何回も繰り返した。

「──別にいいよ。なんとか生きてたわけだし。もう、気にしてない」

「本当か?」俺の返答に、若干疑わしそうなメロ。

「うん。いいよ、メロ。俺はお前を許す。今回のことは、これで終わりだ」

さらにメロが何か言いかけようとした時、遠くから足音が聞こえてきた。「うわっ、やべえ!」と慌ててつぶやいた後、なにかあたりの家具をガシャガシャやり始めるメロ。

「それじゃ、またな。ロジャーには俺が来たことを内緒にしといてくれ!」

ふわっと吹きこむ冷たい外気。数瞬のちの、柔らかい土の上に何かが落ちたような衝撃音──まさか。

「おお、目が覚めたのか。本当によかった」

さきほどの足音の主──ロジャーは、珍しく人間味のある台詞を吐きながら、部屋に入ってきた。

「検査結果によると、君の脳への永続的なダメージは残らずにすみそうだ。不幸中の幸いといったところだな。ここは医療スタッフと私以外、面会をシャットアウトしてあるから、安心して静養したまえ。何かあったら、右手の近くに……そうそう、そこにナースコールがあるから、遠慮なく誰かを呼ぶといい」

あとは、とロジャーは言葉を継いだ。

「君に説明するのが遅れたが、《ハウス》の中では、《呼び名》による区分を取り入れている。ここは、君が知っている《社会》とは別のルールで動いている。友達同士でも、本名を明かすことは原則として禁止──このことは、大変重要だ。よく覚えておきたまえ」

なんでも、《ハウス》卒業生の中には、ここの出身者だということを知られずに活動したい場合もあるから、など幾つか理由を聞かされたが、なんとなく不自然なルールに思えた。

「《呼び名》は自分で決めて構わない。出席確認や席順などに使う名簿などは通常のアルファベット順だから、君に寝坊癖があって、教室にギリギリに着くようなことが多い場合はXYZにするのも手だな」また珍しいことに、ロジャーは冗談を言った。俺が無事だったので、多少気が緩んでいるのかもしれない。

とりあえず、体調を治すついでにゆっくり好きな《呼び名》を考えるといい──ということだった。

話はそれで一通り終わったようなので、俺は用心深くある質問を投げかけた。

「ところで、先生。この部屋は、《ハウス》のどのあたりなんでしょうか?今はまったく方向感覚がないもので」

「ああ、ここは南棟だ。病気や怪我の子のためのスペースは、ここに集中させていてね。え、何階なのかって?三階だが、君の場合は階段は使わないほうがよさそうだな。ちゃんとエレベーターもあるから安心したまえ」

「先生、色々ありがとうございます」

「いや、今回のことは、全てこちらの責任だからな──まったく、メロめ……。次から次に騒ぎを起こす奴だよ。将来がどうなるか見物だな」

ロジャーは、「前のスタッフが忘れていったようだな」

と、乱暴に窓を閉めながらため息をついた。

なるほど、三階か……。

確かに、将来がどうなるか見物だな──さきほどその窓から軽々と飛び降りて、自分の部屋に戻ったらしい奴、なんてのは。

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