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Observer's name:1章 1/2
1.The Messenger's name is ...

2008,The United States

「君が、《M》の代理人か?」

暖炉の炎を受けてまばゆく光るシャンデリア、絨毯のように敷かれた白熊やら虎の毛皮。

マントルピースからは突き出したヘラジカの首。

死んだ魂で構成された室内に、生きたものは三つ。

豪奢なチェアに腰掛けた五十代の禿げた男、俺、そして男が抱いている、真っ白な、長い毛の、猫。

猫は、さも退屈そうなあくびを一発してからそっぽを向いた。《標識》──退屈/新規:客/興味なし/要求:餌。やれやれ、主人と同じで、食っては寝ることにしか興味のない奴のようだ。

「おい、取引に来たのなら、少しはそれらしい態度を見せたまえ」

苛つきはじめた男の声に、猫はするりとその腕を抜けて暖炉の前に向かった。五月蝿い/餌/餌/暖かい/移動/暖かい──

「この間の件に関して、詳しくは《M》が君を通して連絡するということだったが──それについてはどうなっている?」

猫は能天気に暖炉の前で丸くなっている。暖かい/居場所/眠気/眠る/眠り……どうやら餌よりも、睡眠のほうを優先させたくなってしまったらしい。ころころと欲求が変わるが、決してそれは不快な光景ではなかった。欲求と行動が一致しない奴のほうが気持ち悪い。例えば、目の前の男のような。

俺は渋々、視線を奴のほうに戻した。若いものがいい気になりやがって舐めるんじゃねえぞブツをさっさと出しやがれさもないとそもそも年長者の前でそのくだらない眼鏡を取らないと──ああ、言語化するまでもない、罵倒の《標識》の洪水。心底くだらない。さて。

「ああ、その件については問題ありません」

そろそろ、本題に入ることにする。

「問題ないだと?」だからさっさと用件を伝えろっていうんだ若造が──敵意!/侮蔑/怒り。典型的すぎて嫌になる。

「《M》からのメッセージです」

礼儀正しい俺は、毎度のことながら一応前置きを挟む。

その瞬間、暖炉の前で眠りかけていた猫が、一瞬ぴくりと体を震わせた──新たな客/あり。さすが動物のほうが察しがいい。

まだこの意味がわかっていない間抜けな主人のために、俺はすぐ背後の、いかにも重厚そうなドアのほうへ、かすかに顎を向けてみせる。そこの隙間から、かすかに漏れ聞こえるのは軽いスタッカート。

ようやく男の《標識》にも変化が現れた。急速に減衰する敵意/混乱──怒りだけが、先ほどより強大になっていた。さすがマフィアのボス、あの音が何なのかはすぐわかってくれたようだ。俺は指をぱちん、と鳴らし、ドアの外へ合図を送る。

「おい、何をしているのかわかっているのか!?今回は取引だと言ったはずだ」

新たな客──防弾チョッキに身を固め、マシンガンを携えた屈強な連中に囲まれて、男はなおも怒りを増大させ続けた。俺は構わず、与えられた「仕事」を遂行する。メッセンジャーとしてのたった一言。

「《M》はあんたの存在を、必要としていない」

以上。くるりと俺が男に背を向けると同時に、スタッカートがまた2秒ほど鳴り響いた。さきほどよりやや景気良く。ボスをあの世へ──おそらく地獄へ送る調べならば、そのくらいの弾の無駄遣いも許されるだろう。

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