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全ての終わり。
突然告げられたそのフレーズを、どう解釈したらいいのだろう?
「《キラ》は死んだ──デスノートは二冊とも、あなたがその場で燃やした。あれはもう終わったことじゃなかったんですか?」
死神は最後、所有者の名を自分のデスノートに書き込んでから飛び去っていった。《キラ》の代わりに裁きを行っていた者達も、既に死亡している。メロと共に炎に包まれた高田清美。獄中で狂死した魅上照。
「ええ。関係者がある程度消えた、という意味では、かなりの部分が終わっています──弥海砂も、去年亡くなりましたしね」
僕は強く唇を噛んだ。そうだ、あの子も死んだんだ。月くんが捜査中に《行方不明》になったという嘘をあれから信じてくれてはいたが……
──「マッツー、私、実は知ってるんだ。ライトは行方不明なんかじゃない、って。昨日、モッチーからこっそり聞いたんだから」
頬に大粒の涙を伝わせながらつぶやかれた一言に、僕が動揺しなければ……彼女は《真実》をまだ知らずに済んでいたのに。
女優・弥海砂は一世一代のその演技を終えた数日後、真夜中にビルの屋上のフェンスを乗り越え、宙に足を踏み出した。空にかかる三日月まで、飛んでいこうとするかのように。
「あの時この場にいた者も、既に二人が亡くなりました」
「二人?」
「一人は……あなたのほうがよくご存知でしょう。伊出英基」
心の奥でふさがりかけていた傷口が、どっと開くのを感じる。反射的に顔が歪んだ。
伊出さん。一年前、YB倉庫での麻薬取引事件から数週間も経たないうちに──関連する組織への強制捜査の際、頭に血が上った下っ端が拳銃を乱射したんだ。僕はかすり傷で、伊出さんは……。
「もう一人は、レスター。あなた方のほうには知らせていませんでしたが」
レスター!二年前ここで一度会っただけだが、あの時のメンバーは忘れようにも忘れられない。確か、大柄で頼りになりそうな感じの男だった。ジェバンニと組んで、魅上を素早くがっちりと確保していた姿を思い出す。
「レスターは……何故……」
「病死です。自宅で突然倒れ、一人暮らしだったために発見が遅れました。元々、少し血圧が高いので用心しているとは言っていましたが……」
まさか、と言いかけて口をつぐむ。この世界にあの殺人ノートはもう存在しない。少なくとも僕達が知っている範囲では。今挙げられた二人が名前を書かれる根拠もない。目の前に出されているこれは──
「まだ取ってあったなんて──確かジェバンニ、でしたよね、彼が作った……」
ニアがうなずいた。
「そう、これは偽のノートです。魅上がここに持ってきて、全員の名前を書き込んだものですよ」
「このノートで、何をしようというんですか?」
「燃やします」
「え?」今さら偽ノートを燃やして、何になるというんだ?
僕のとまどいとは裏腹に、ニアは床にそっとノートを置いた。そして胸ポケットを探る。取り出されたのは、さっきのノートより意外なものだった。鈍く銀色に光るZIPPOライター。
「煙草……吸うんですか、意外ですね」
「あんな毒物を、私が吸うわけないでしょう」
世界中の喫煙者から袋叩きに遭いそうな発言を吐いてから、ニアはライターをかちりと一度点火させた。
「《キラ》が死んで《裁き》が不意に無くなったとはいえ、《キラ》を信じていたカルト集団が完全に消滅したわけではありません。この二年で、組織はむしろ巨大化したということが、調査の結果判明しました。《キラ》の正体とノートの力、漏れるわけはありませんが……あの事件の唯一の資料として取っておいたこれも、考えてみれば不要なものですから」
そういったカルト集団の噂は、僕も聞いたことがあった。どこかの洞窟や山の上のような、人里離れたところで集会が行われているとか、うっかり外部の者がそれを見たら殺されるとか、どこからどこまでが真実かはわからなかったが──《キラ》を未だに崇拝している者が集まっている、ということだけは本当なのだろう。
「さて、松田さん。このノートを燃やす前に、幾つか簡単な質問をさせてもらいます」
思わず息を吐く。こちらに向けられた視線は、《キラ》を追い詰めた時を思い出す、極めて鋭いものだったから。
得体の知れない圧迫感に襲われ、膝が少し震え出した。
何故。
何故──僕なんだ?
「松田さん。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私の言うとおりにして頂ければ、すぐ終わります」
ニアは宣言した。二年前に「死にません」と言った時と同じ口調で、きっぱりと。
「まず、あなた自身のことですが──あなたは、夜神月とずっと行動を共にし、《キラ》事件のほぼ全てに関わっていますね?」
「はい」何も悪いことをしていないのに、尋問されているような気分だった。
「あなたの行動を少々分析させてもらいましたが、非常に興味深いものがありました。あなたは幾度となく死の危険に晒されていた」
「……そうですね」脳内であの頃の出来事がフラッシュバックする。マンションから転落したように見せかける芝居に出演、しかもリハーサルなしの一発勝負、なんてもう二度とやりたくはないな……。
「ここからは、なるべく正直に答えて頂きたいのですが……」ニアが頭をかいた。
「あなたは、夜神月に対して好意を抱いていましたか?」
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