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---Count "1"

「その時計は、ご自分で買ったものではありませんね?」

「……弥海砂から、でした……」

──「マッツー、今日お誕生日なんでしょ?これ、私からのプレゼント!」

彼女の笑顔を思い出す。

ちょうど三十歳の誕生日のこと。

なかなか値が張りそうな品に恐縮すると、「あはは、ライトもいっつもお世話になってるし、二人で選んだのー。お金も半分、いやもうちょっとライト持ちだったりしてね」と、無邪気な答えが返ってきて、心が温まったものだ。

「一年前、松田さんとここで再びお会いした時、ふと気になったんです。スーツもネクタイもそのあたりの量販店で売っているものを着用されているのに、それと比べると時計だけが高級品で──しかも、夜神月がしていたものと同じブランド。色や型は多少違いますけどね」

──「でも、私があげたって内緒にしといてね!弥海砂が異性に時計をプレゼントした……なんて週刊誌に報道されたら、マッツーがカメラに狙われちゃうから」

冗談っぽい口調だったが、それは笑い話ではなかった。当時人気も絶好調で、ハリウッドへ行くという話まで出始めていた彼女。

僕は約束を守った。彼女が月くんと別れるはずもないことは百も承知だったが、大ファンの女優から「秘密」までプレゼントされるなんていう喜びのほうが遥かに上だったからだ。

「それから、弥と夜神月の、カードの明細を再度、調べなおしました。あなたの誕生日の十日前に、夜神月はあるデパートでその時計を購入した」

一度だけ、伊出さんとの雑談で、「松田、お前の時計ってそれ、結構高いやつだろ?誰かプレゼントしてくれる女でもできたのか?」と、ツッコまれたこともあったっけ。

あわてて「いやー、そんないい彼女なんていないって、伊出さんが一番良く知ってるじゃないっすか。何かの本で、時計だけはいいものを身につけたほうが良いって読んだんで、ボーナスで買ってみたんですよ」とハッタリをかました。

「そういう影響されやすいところは、良くも悪くもお前だよな……」妙に納得した顔で伊出さんはうなずいたものだ。

「真ん中の竜頭を、一秒以上の間隔を空けずに四回続けて引くと、スライドする底板……夜神月は、この腕時計にも、自分のものと同じ改造を施していた。弥を介して贈ったのは、より警戒心を抱かせないためでしょう」

でも何故。

何故──僕なんだ!?

「これは推測ですが、徹夜仕事の時など、腕時計をはずしたりしていませんでしたか?」

「時々はずして……机の上に置いていました。捜査本部の中なら、別に盗難の心配もありませんでしたし」

満足そうにニアはうなずいた。

「夜神月はその癖を知り尽くしていた。最初は空。ものすごい偶然であなたが仕掛けを発見したとしても、ただ底板がスライドするだけなら、まだ何とでも言いくるめられますからね。第一、ノートの切れ端だけでも効力があるというのは、彼しか知らなかったルールでしたし。必要を感じた時に、あなたの隙を見て切れ端を入れた。魅上と高田に”裁き”を任せたあたりでしょう」

「僕は……いや、僕に何をさせるつもりだったんだ、あの人は……」

口の中がからからに渇き、かすれた声しか出なかった。この僕が、殺人ノートの切れ端を持ち歩いていたなんて……。真正面からいきなり銃弾を撃ち込まれたような、衝撃。

「あなたには何もさせなかったでしょうね」

また一発、ど真ん中に銃弾が命中した。

「いえ、松田さんの意志では──という意味です。今さら言うことでもないでしょうが、デスノートは、死ぬ前の行動を操れます。『自身の腕時計の真ん中の竜頭を一秒以上の間隔を空けずに四回続けて引き、中の紙片に以下の文章を書く』──こんな記述にすれば、あなたはそれを実行してから死ぬ。そして、あなたのほうの紙片に書かれた内容がまた現実のものとなる」

こみ上げてくる吐き気と闘いながら、かろうじて反論を試みる。

「でも、名前の指定などはどうやって……僕に書かせようとする『誰かの名前』を、最初のノートに書き込んだら、その時点で心臓麻痺による死亡が決定してしまうんじゃないですか?」

「なかなか鋭い……と言いたいところですが、それも簡単です。要は名前そのものをいきなり書かなければいい。『捜査本部の、○○のポストに就いている者の名前を』とか、『NHNの夜八時のニュースに出演している女子アナウンサーの名前』──という風に。元々松田さんが本名を知っている者を、遠まわしな表現を使って特定する。これなら不自然ではありません」

深く息を吸い込み、「ただし……」とニアは付け足した。

「あの死神に最後に色々聞きましたが、『例えば事故死で、周りを巻き込むような死に方を指定すると”事故”は取り消され、ターゲットのみが心臓麻痺で死亡するらしい』とのことでした。デスノートでデスノートに名前を書かせるのも、ひょっとするとその範囲に入るのかもしれません。実行してみなければわからないことですが」

唐突に、僕は全てを理解した。

魅上と高田清美という代行者を選んだ《キラ》。代行者とは即ち、《キラ》の力を分け与えられたもの。

万が一彼らが反乱を起こした時のために、すぐ近くにいつでも操れる《駒》があったほうが都合がいい。《キラ》本体がマークされていても、先ほどニアが言ったような使い方で《駒》を動かせば、それまで以上に複雑なトリックが可能となる。

もし失敗しても、《駒》をひとつ失うだけだ。リスクは少ない。

「僕は、あの人にとって、《駒》にすぎなかったのか……」

深い虚無感と、生き残ったことへの安堵。二年前と同じ、この両極端が一緒くたになった感情を──なんと呼べばいいのだろう?

「……松田さん」

今日初めて、僕はニアのことを少しいい奴だと思った。

涙が流れている時にもっとも有難いもの。

すなわち、新品のティッシュペーパーを、こちらに差し出してくれたのだから。

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