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Observer's name:2章 1/4
2.The Detective's name is 《L》

2002,Winchester

──ごく、普通のマンションの室内。だがそこには点々と赤いものが散らばり、ずっと辿っていくと、糸が切れた操り人形のように《被害者》が横たわっている。

致命傷と思われる傷口へのズーム。下から上まで、隅々まで舐めるような感じでとらえた後、テンポ良く次のカットが現れた。人のよさそうなおばさんが、緊張した面持ちで喋っている。

「……ええ、あの日は隣の方の帰宅がやけに早いなと……」

「いえ、ドアが閉まる音以外は特に聞こえませんでした」

これが証言その一。続いて、もうひとつの側の隣室住人。マンションの管理人。被害者の身内に友人知人、勤務先の関係者、などなど数十名あまりに聞き込んだ時のカットがモニターの表面を走り抜けていった。

「つまんねぇよ」俺の右隣で、メロがぼそっとつぶやくのが聞こえた。

いっぽう、左隣は驚くほど静かだった。まあ、ニアの奴が無口で根暗なのは前からよくわかっていることだ。

被害者がいつも立ち寄っていた雑貨店の主人──を最後に、ようやく恐るべきドキュメンタリーは終了した。ハリウッド映画五本分ほどの上映時間だったろうか。

「──さて」

モニターの電源を切り、今回の特別講師が俺たちのほうをぎょろりとした目で見た。

白っぽいトレーナーに擦り切れたジーンズ。何を映しているのかわからない、深い沼のような黒い目。何千日も眠っていないと言われても信じてしまいそうな──不健康者コンテストがあるなら真っ先に優勝できそうな、目の下の隈。ぼさぼさした髪型との相乗効果で、「生まれてからファッション雑誌を一度も見たことがないひきこもりの青年A」といった容貌だ。

しかし、俺たちにとって、彼は神にも等しかった。

テレビで繰り返し放映されている、擦り切れたヒーロー達なんて目じゃない。あっちは単なるフィクションだが、彼はこの時代に、確かに生きている。

世界中の探偵が束になっても敵わないどころか、世界三大探偵の中身までも実は全部自分です、ときたもんだ。ウィンチェスターのあの事件を鮮やかに食い止めてから十数年、あらゆる犯罪に立ち向かう神──《L》!

そして、俺たち──《ハウス》で現在暮らしている数十名あまり──の中から、「必ず」《L》の後継者が選ばれるなんていうルールがあるのだから、皆が血眼になって日々努力するのもわかってもらえるだろうか。《L》を継ぐ者は間違いなくその名を轟かせることになる。罪に塗れたこの世界を照らす、一条の光として。

「メロ、ニア、マット、今の映像からどういった情報が得られましたか?」

《L》に名を呼ばれると、反射的に背筋がぴんと伸びるのがわかった。

これは、ある事件に関する映像から、どれだけ推理を働かせられるか──という、いわば実践的なレッスンだ。この手のものは既に何度か受けたことはあったが、今日は講師が《L》本人、しかも《L》が過去に実際に解決した事件、というのだからさすがに緊張する。ちなみに《L》と俺たちも初対面。なのにきちんと事前に名前を覚えていてくれるあたりにも──当時の俺は感銘を受けたものだ。

「えーと、被害者の友人で、ジョディって女がいただろ。ブルネットの。あいつが怪しいと思う」

真っ先に発言したのは、メロだった。

「ふむ。『何故』怪しい、と思ったのですか?」

神の更なる質問に、メロは普段とまったく変わらない態度で、かったるそうに答え始めた。まったく、不遜な奴だ。

「被害者ん家に電話かけたっていうアリバイを、やけに強行に主張してただろ。確かに留守番電話にもその記録が残ってる。でも──」

「メロ、残念ながら、その推察は間違っていると思います」

おっと、黙りこくっていたニアが突然口を挟んできた。

「あなたのその考えは、『怪しい感じがする』という感情論にすぎません。ジョディのアリバイが確かなものであることは、七番目と十八番目、あと十五番目の証言を総合すればわかるはずです」

自分の髪を指に絡ませながら、滔々と語るニア。こうなるともう、後の展開は目に見えている。メロの目が、ぎらりと光った。

「──なら、お前の説を聞かせてもらおうじゃねえか、ニア」

「はい、ジョディは犯人ではありません。しかし、まったくこの件に関与していないというわけでもないでしょう。後で詳しく説明しますが、電話のメッセージに不自然な箇所がありました。誰かに命令されてかけた、と考えるのが妥当なところかと思います」

「ほー。で、犯人は?」意地の悪い顔で見つめるメロ。

「……今の時点では、わかりません」

「なんだ、偉そうに割り込んできた割に、まだわかってないときたもんだ。いいか、『誰かに命令されてかけた』という点には俺も多少同意する。でも、それだと矛盾する部分が出てくるのも事実だ」

「それではメロ、今度はあなたの考えを聞きましょう」

「あー、聞くがいいさ。って、先に俺の話に勝手にお前が割り込んできたんじゃねえか!」

──毎回のことながら、この手の《講義》のたびにこのコントが繰り広げられるときたものだ。やれやれ、喧嘩するほど仲が良い、というやつか。

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