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Observer's name:2章 2/4
「──まあ、今日のところはこれくらいにしましょうか。ニア、メロ、さっきの意見はそれぞれいいところをついていましたよ。あとはもう少し全体を見渡す視点で考えてみなさい。では、また明日」
夕食を告げるベルが館内に響き渡ったのを合図に、《L》の授業は終わった。
「おいマット、早く行こう。今日はサマープディングの日だぜ」
菓子好きのメロは一刻も早く食堂へ飛んでいきたいらしく、俺の袖をぐいぐい引っ張った。
「いや、俺はここの後片付けをするように、ロジャーから言われてるから……」
「あ、そっか。じゃあ、お前の分のプディングは確保しておくから」
別に食べてしまっても構わない、と答えると、メロはこの上なく嬉しそうに走っていった。ニアは、「しかし十五番目の……」と何やら思考の断片をつぶやきながら、時々首をかしげつつ部屋を出て行った。《ハウス》の第三世代を代表する二人だが、性格も行動もどこまでも対照的で、《観察》する分には飽きがこない。
さて。俺はロジャーの言いつけどおり、散らばったビデオテープの山を棚にしまうことにする。が、なぜか《L》はここから出ていくでもなく、片づけをするでもなく、黙って俺のほうを見つめて一言。
「マット、貴方はさっきの映像の中で、誰が犯人だと思いましたか?」
不意に、《L》が俺の名前をもう一度呼んだ。いきなり核心を突いた質問。渋々ながら、俺は答える。
「……五番目に証言した、被害者の兄、だと思います」
「では『何故』そう思ったのですか?」
そう問いかけるその顔には──飽くなき追求/解明/未知への好奇心の《標識》。
「被害者の兄が……彼が、そういう《標識》を出していたからです。自分が殺したと」
「なるほど。動機と、現場で使われた凶器とその始末は?」
「動機は……金。凶器は、《標識》がほとんど現れていなかったのでわかりません。でも、海、という《標識》がやたらと繰り返されていたので、近くの海に凶器を捨てたのかも」
「ふむ。後は何かありますか?」
「──いいえ、今回の事件に直接関する事柄で、『読めた』のはそこまでです」
ここまで喋って、ようやく何故俺だけがロジャーに言われて残されたのか気づく──なんだ、そういうことか。
「《L》」
思い切って、俺から話を切り出す。
「『やはり、私の予想は間違っていなかった』──と思っているでしょう?ロジャーから俺の《観察者》の《能力》のことを聞いて、一度、実際に試してみたくなったのではないですか?」
「マット、それも──『読んだ』のですか」
「いえ、違います。これはあくまで俺の憶測です。でも当たってるでしょう?」
うなずく《L》。
「貴方の能力は、対象が無意識のうちに顔面に反映させている思考──通称・《標識》を解析し、《読む》ことだと聞いていました。《読める》のは人間だけではなく、哺乳類全般であれば大体可能だそうですね」
「その通りです」
「さきほどの映像。あの五番目の男は、『私は犯人です』という《標識》を出していたと?」
「ええ、言語化するとそういうニュアンスです。大まかに言うと、嘘/動揺と、時々犯行のことがフラッシュバックするのか、誰かを取り返しがつかないほど傷つけたことへの後悔/死/疲労/過ち/怯え/捕まることへの不安、というような《標識》が入り混じっていました」
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