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Observer's name:2章 3/4
《L》は、口角をわずかに上げて微笑んだ。

「マット、あなたが《読んだ》結果は正解です」

そう。当たり前だ。俺は能力で正解をはじき出すことができる。しかし──すっと表情を真剣なものに戻す《L》──ああ、もう全てわかっているのだ、世界一の名探偵は。哀れみ/淀み/悲しみの《標識》が繰り返し現れている。しばらく、気まずい沈黙が続いた。

「マット──」

「いえ、もうそれ以上何も言わないでください、何も……」

《L》の言葉をさえぎり、俺はうつむいた。

表情から、隠された真実を《読む》──それは一見便利な能力に思えるが、裏を返せば「それだけのこと」。

厳密には、微細な表情筋の動き・表面の血流の流れを解析し、脳が《標識》というアイコンに変換している──ということらしい。人間の「笑う」「泣く」といった表情を識別できるロボットがあるそうだが、恐らく、あと数世代後の人工知能なら、俺とそっくり同じレベルの解析ができるのだろう。俺は、少し奇妙な能力を持った存在にすぎない。レントゲンで体の内部を透視するように、時が来れば、機械に取って変わられる程度の。

「マット」

ビデオテープを全て棚に戻し終える頃、《L》が静かに話し始めた。

「あなたが装着しているそのゴーグルの、由来を聞いたことはありますか?」

「──いいえ」

俺は思わず、目元に手をやる。俺の正気を保ってくれるお守りともいえる、ゴーグル。

ワイミーズに引き取られてまだ間もなくの頃──他人が一方的に流し込んでくる《標識》は暴力でしかなかった。脳は《標識》を適当にいなすにはまだ幼すぎ、ぎらついたナイフのようにその本質だけを突きつけた。俺は、あの夏の日を思い出す。

*****
「マット、今日は面白い鳥が来たってさ!早く行こうよ!」

俺の袖をぐいぐいひっぱり、メロは中庭へと進んでいった。光が照りつける芝生には、既に数人の子が集まって遠巻きに何かを見ていた。テーブルの上に置かれた鳥かごを。

びっくりするくらい大きな黒い鳥は、かごに閉じ込められてオレンジ色のくちばしをパクパク動かしていた。絵がすばらしく上手いリンダは早速そばに座り込んで、スケッチブックの上に素早く筆を走らせている。

「G──」

不意に、くちばしから唸りが漏れた。ぎょっとするようなしわがれた声。

「Gooo──,Goo──Good,Moo----ning!」

鳥が喋った!見守っていた一同は、思わず歓声を上げた。 「すげえ!」とメロも芝生の上でぴょんぴょん飛び跳ねた。

「──"Good Morning!!"」

喋る鳥は、「おはよう」という一言を完璧に吐き出し終えると、嬉しそうに羽をばたつかせてまた同じフレーズを何度も繰り返した。何度も、何度も……。ミミズ。《巨大な》《ミミズ》《食べられる》──。

「……え、あれ、マット?」

メロが慌てた風にこちらを見ているな、と思った瞬間、俺の意識は闇の底へすとんと落ちた。

次に目が覚めたのは2日後だった。

ミミズ。《巨大な》《ミミズ》《食べられる》《巨大な》《ミミズ》──あの鳥は、喋る芸と引き換えにご褒美の餌を貰っていたらしい。「おはよう」の裏側にあった、貪欲な食欲の《標識》をまともに脳が受け止めてしまった結果──。

《俺が》《あの鳥に》《食べられる》。

かごの中の鳥と自分の体格差も忘れ、俺は一方的に生命の危機を味わっていたのだ。おまけに《ミミズ》という《標識》がいつまでも頭に残り、ベッドからようやく身を起こそうとすると、口の中で食べたこともないミミズの味、泥の匂いが勝手に広がってまた吐いた。

*****
そういった事件を数回起こした後、支給されたのが子供サイズのゴーグルだったのだ。

メロは「そのゴーグル、カッコいいから俺にくれ」と無茶なことを言ってつきまとったが、渋々一度だけ貸してやったら「何だこれ、全然見えないじゃん」とつまらなそうに返してきた。「曇りガラス越し」のように見えるのだそうだ。

それはそうだろう、俺の能力──《読める》《見える》ことを制限するためのフィルタなのだから。

「前にも、そのゴーグルと同じようなものをかけていた子がここにいたんですよ」

「ええっ、本当ですか?」

俺は思わず聞き返した。いわゆる「天才」と呼ばれるであろう人種を多く抱えていながらも、俺のように制御しづらい能力を持った者は、さすがにワイミーズでもごくごく少数派だ。少なくとも、俺以外にゴーグルなんてものをかけていた奴なんて聞いたことはなかった。

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