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Observer's name:3章 2/2
「ケーキをワンホール独り占めするんじゃねえよっ!!こないだの検診日で虫歯見つかったせいで、今、俺には甘いもん禁止令出されてんの知ってるだろ!来月の小遣い支給日まであと何日あると思ってるんだよ!」
俺は、思わず少し顔を緩める。そう──食欲だった。
そういう奴なのだ、メロは。こいつに「気遣い」というものを一瞬でも期待してしまったのが間違いだったのだろう。
「まったく、変だと思ったぜ。お前の誕生日だってのに、飯の時にもお茶の時にもケーキ出ないんだもんな。絶対後で何かある!と思って、ロジャーの爺いをつけ回してた甲斐があったってもんだ」
それじゃ、と言って、メロは隠し持っていたナイフで遠慮なく目の前のケーキをざっくり切る。
九対一ほどの体積比、一のほうを俺に差し出した……って、それお前のほうがほとんどワンホール独り占めじゃねえかとツッコミたくなったが、まあもう別にいい。
俺は自分の割り当て分を三口ほどで静かに食べ終わる。
メロはというと、飢えた獣の目つきのまま、ぐちゃぐちゃになった蝋燭を適当に手で払い落としている。そして哀れ、俺の誕生日を祝うためだったはずのケーキは、みるみるうちにメロの胃の中へと消えていった。
「ほへでさ、まっほ」
久しぶりに甘味を口にして少し落ち着いたのか、メロはまた話しかけてきた。それはいいが、俺の名前を呼ぶときは、せめて口の中のものを飲み込んでからにして欲しい。
そう思っている間にも、ケーキの最後のかけらまでもが残さず消費され、メロは皿に残ったクリームを愛しそうに指で掬い取ってぺろぺろと舐めた。
「それでさ、マット」
「ん?」
なんだかもう、さっきのことなどどうでもよくなって、俺は素直にメロの顔を見つめた。
「お前さ、研究部門なんか行くのやめとけよ」
「……はあ?」
やっぱり聞かれてたのか、ということが一瞬頭を掠めたが、メロの《標識》には立ち聞きをした後ろめたさなどこれっぽっちも現れていなかった。
「毎日毎日コツコツ研究なんて、お前には合わねーよ。何か派手なことやるのが向いてるって絶対」
「なんだよ、派手なことって」
「例えばさ」
と、言葉を区切って、メロは極上の笑みを浮かべた──絶対の自信/全肯定。自分へも、俺にも向けられた《標識》。揺るぎない確信。
「俺が《L》。で、お前が第一助手。世界一の探偵も格好いいけど、世界一の探偵の世界一の助手っていうのも、すげー派手で格好いいポジションじゃねえ?時々犯人に銃撃かましたりすんの」
「……今の《L》は、銃撃戦なんてやったことないって聞いてるけど……《L》の領分は推理に捜査。実際に犯人を逮捕すんのは大抵警察の仕事だろ」
「いいじゃん。俺が《L》になったら、全部自分でケリをつけるようにするから。ちまちま犯人当てするだけなんてつまんねーよ」
そんなのなら、根暗なニアの野郎にでも任せておけばいいしな──メロの顔を一瞬よぎった《標識》を言語化し、あまりの直球さに思わず笑い声を上げてしまった。まったく、昔から何一つ変わらない。
「マット、何笑ってんだよ。俺の顔に何かついてんのか?」
ああ、と言って、俺はにやにやする口元をなんとか引き締める。
「右のほっぺたに、クリームついてるぞ」
あわてて袖でふき取ろうとするメロを押さえ、ポケットの中にあったティッシュペーパーで俺はクリームを綺麗に拭った。
「ん、ありがとな」
メロはすたすたと出口に向かって歩いていった。いや、礼を言うのはこっちのほうだ。お前のおかげで、──少しだけ、救われた気分だから。
「……マット?寝ないのか?いつまでもここに篭ってると、そのうち警備のおっさんに怒られるぞ」
「ああ、今行く」
俺も、メロの後を追って歩き出した。
──そうだな、《L》になれなくとも。お前の側で、お前のために働くのも悪くないかもしれない。
それは、なんということはない一つの仮定だったけれど。
その夜のその想いが、俺にとって非常に重要なものになったのは──およそ二年後のことだった。
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