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Observer's name:4章 1/7
4.The Successor of 《L》 is 《M》 or 《N》

目がくらむほど鮮やかな緑の芝生に、午後の日差しが優しく降り注ぐ。

《ハウス》の中庭では、アフタヌーンティーが和やかに始まっていた。

真っ白なテーブルクロスの上には、上等なティーセット。テーブルについたメンバーは、熱いミルクティーを飲みながら、何かを話している。当然ながら皆、知った顔だ。俺が育った《ハウス》の仲間達。今日は特別に、幾名かのゲストも呼ばれている。

「スコーンはいかがですか、マット。いやあ、今日のクロステッドクリームは栗のジャムと良く合いますねえ」

左隣から《L》が、スコーンのおかわりをこちらの皿に置いた。恐縮しながら、俺は礼を言う。

思えば、《L》に会うのはあの《授業》以来だ──《L》は何一つ、あの目の下の隈にいたるまで変わってはいなかった。服装も相変わらずの上に、椅子に膝を立ててしゃがむように腰かけている。世界一の探偵ともなると、最早行儀作法については誰もツッコまないらしい。

「おや、残りのケーキが少なくなってきましたね。フルーツも──ワタリ、お願いします」

後ろを振り向くと、そこには銀髪で眼鏡をかけた老人が立っていた。ワタリ──こと、キルシュ・ワイミー園長。

《ハウス》の創設者にして、《L》の補佐役。

普段の《ハウス》の管理はロジャーが行っているけれど、半年に一度は園長の入念な視察が行われることになっていた。そうだ、今日もそのために帰ってきているんだっけ。

園長はにこやかにうなずくと、銀色のワゴンを押して本館のほうへと戻っていった。世界有数の発明家に給仕をさせるのも、世界一の探偵ならでは──なのだろうか。

《ハウス》創設に関わった二人だけに、何か俺たちの知らないエピソードが色々とあるのだろうが、それはまた別の話なのだろう。

「お待たせしました──《L》、グリーン・ティー・シフォンケーキです。それから、イチゴの盛り合わせをお持ちしました」

ワゴンの上から、美味しそうな品々がテーブルへと移された。《L》は待ってましたとばかりにイチゴをつまむ。

「……あ、ちょっと見てください」

赤い一粒を口に運ぶのを止め、こちらにそっと差し出す《L》。

見ると、上のへたの部分の間に薄いピンク色のイチゴの花びらが一枚、愛らしく残されていた。

「イチゴの花言葉は”尊敬と愛”……もう一つは知ってますか?」

「いえ、残念ながら」

「”幸福な家庭”、ですよ」

これは後で皆にも見せましょうか、と言って、《L》は自分の皿の上にそのイチゴを置いた。

大事な宝物のように。

「──私にとっての《ハウス》は、まさにこのイチゴのようなものでした。ワタリとロジャー、《ハウス》の全ての子供たちは──家族のようなものです。あなたもそうでしょう、マット?」

俺は力強くうなずいた。十数年を過ごしたこの場所。

《ハウス》の仲間達が多少特殊な人格ないし能力の持ち主だとしても──俺自身も、実験材料のような扱いを受けていたという事実があっても──俺にとっても彼らは、特別な存在だった。

「マット」

今一度、《L》は俺の名を呼ぶ。

「あなたは──」

気がつくと、テーブルに着いているのは俺と《L》だけ。

《L》の後ろには、銀のワゴンから手を離した園長が直立不動の姿勢でこちらを見つめている。

いつの間にか夕暮れが訪れ、みるみるうちに辺りは赤く染まっていった。真っ白なテーブルクロスも皿も、園長の銀髪も、《L》の顔も着ているものも──

「どちらを選んでも構いません──」

"そうだ、これは、"

夕陽は地平線へ沈み、逃れようのない夜がひたひたと足元へ迫ってくる。

「──私が望むことはただ一つ。あなた達の"幸せ"です」

”これは、”

園長は、《L》の肩に手を置くと、俺に向かって静かにうなずいてみせた。

夜が、園長と《L》を呑みこむ寸前。二人の顔を、今まで俺が《読んだ》どれよりも辛い《標識》がよぎった。途方も無く冷酷な《裏切り者!》──誰のことだろう──叫ぼうとしたが、声が出ない。凍りついたように、手足の指一本も動かせない。

かろうじて目をテーブルのほうに戻すと、さきほどのイチゴがまだ──

ああ!イチゴは、ぐちゃぐちゃに圧し潰されていて──

《L》は、闇の中へ姿を消した。

「──さようなら」

"これは、
悪い、
悪い、
夢だ──"

──けたたましい電子音が俺の意識を深いところから引きずり出した。

枕元の携帯電話を手探りで取る。

表示された相手の番号は、ワイミーズ・ハウス。重苦しい声で、ロジャーは事実を告げる。

あの二人の死と、メロの失踪を。

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