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Observer's name:4章 3/7
「……本当に、行っちまうのか?」
この話を聞いた時のメロは、全力で俺を《止める》という《標識》を──寂しさ/哀しみを交えつつ──出していた。
「ごめん、メロ。俺は、《ハウス》に保護されてこのまま生活していく気はないんだ──十八歳になったら完全にここから独立できるし、なるべく早く、今のうちから外でその準備をしておきたい」
「俺が……俺が《L》になったら、お前と組むつもりだった、って前に言ったよな?」
「ああ」
「なのに、俺の元を離れるってことか?」
俺はうつむいてしまいそうになる頭を上げ、しっかりと、メロの目を見た。一かけらも揺らがないまっすぐな《標識》。
こいつは俺のことを心の底から信頼してきてくれた。俺が全てを《読む》能力者だと知ってなお、メロの《標識》に怯えや恐れ、疑念が浮かぶことは一度たりともなかった。あのニアとは、正反対に。
「なあ」
「なんだよ、マット」
かなり苛ついた様子で、メロはこちらを睨み返した。
「なんでお前……俺のことをそんなに評価するんだ?ロジャーは俺のことを《出来損ない》だと思っている。ニアにしても似たり寄ったりだ。なのに……何故だ?」
メロから視線を逸らせ、俺は続ける。十数年分、溜まりに溜まって溢れ出した疑問は堰を切って止まらずにいた。
「ロジャーやニアの評価は、自分から見ても正しいと思う。《読める》能力なんて、《L》には役に立ちはしない。裁判で、俺が犯人を《読んだ》から──なんて記述が読み上げられたとしたら、法廷中が大爆笑だ。この能力が科学的に完全に立証されていない以上、実際の捜査に使うことは許されない」
十数年の研究を経てもなお、俺の《読む》能力には未知の部分が多すぎた。
何度も繰り返された、痛みを伴う過酷な実験。
俺は常に正しい答えを《読んだ》が──"何故"《読める》のか、どこをどうすると《読める》のは解明されていなかった。
「現代の検査技術では、そこまでの脳内の変化は捉えきれない」「あと数十年経てば」「いや、対象が死亡して、全身解剖を行わなければわからないレベルかもしれない」「いずれにせよ、今は無理ということか」──「残念だな」「ああ」「まったくだ」──研究チームの大人達の、心無い声。
「なあ……何故だ、何故だよ!メロ!答えろよ!」
いきなり、頭部を鈍い衝撃が襲った。視界が暗くなり、点滅する光が舞う。思わぬ攻撃にふらついた体が、他人のもののように側の壁へとぶち当たった。
そのまま、ずるりと崩れ落ちて床に腹這いになったところで、上から怒声が降ってきた。
「馬鹿野郎!」
メロが何か怒り狂って叫んでいる。かなり早口で、おまけにロジャーが聞いたら卒倒しそうなスラングが大量に混じっているので判別し辛いが──重要な部分は、痺れた脳髄にも響いてきた。
「俺は、俺は、お前が一番信用できる"友達"だから、ずっと一緒にいたかったんだ!他にどういう理由が必要なんだ!《読める》能力なんてどうだっていい、そんなのチョコレートのおまけくらいの価値しかありゃしねえよ!お前自身に比べればな!」
恐ろしいほどの沈黙。徐々に襲ってきた頭の痛み──メロのパンチがクリーンヒットしたようだ──に耐え、ようやく体を起こすと、メロはすぐ側にしゃがみこんでいた。
そうだ。俺は知っていた。メロは俺を"友達"だと思っていることも、俺に向ける感情の何もかも全て。これだけ長年《読み》尽くしているのだから。
それでもなお、俺はメロの言葉を欲しがった……ここまでの欲張りは、殴られて当然だろう。
「……ごめん、メロ」
「謝らなくて、いい」
両膝の間に頭を抱えて、メロはつぶやく。
「でも俺は、どうしても《ハウス》から出なきゃいけない。自分がこれから何をできるのか、ゆっくり外で考えてみたい。正解はないし、答えは出せないかもしれないけれど……それでも、やらなくちゃいけないんだ」
「それが今のお前の、答えか?」
「……今のところは、な」
「わかった」
先ほどのパンチの痕は、どうやら出血には至らず、中程度のたんこぶ程度で済みそうだった。ゆっくり立ち上がってみる。他には特に怪我もない。
「マット、もう行くのか?」
「ああ、玄関にトランクを置いてある。皆への別れの挨拶も、もう済ませた。最後まで言い出せなくて……すまなく思っている」
「気にすんな。特別に、さっきのパンチ一発と、プラスもう一個で全部帳消しにしてやるよ」
「もう一個?」
思わずその顔を覗き込もうとすると、慌ててメロは更にぎゅっと縮こまった。殻に入ったかたつむりのようだった。
「頼むから……このまま、俺の顔を見ないで、出て行って……くれ」
震える声で、メロはつぶやいた。
「今の俺を《読まれ》たら、せっかくのお前の決断を変えちまうかもしれないから……だから、振り返らないで、行け……よ」
最後のほうはほとんど嗚咽だった。
昔から変わらない──《ハウス》から誰かがいなくなる時、真っ先に泣くのは決まってメロ。
昔はつられて、俺も涙ぐんだりしたものだっけ。でも、今はそういうわけにはいかない。自分の足で、ここを去る時期が来たのだ。
「それじゃ、ここでお別れだ。また会おう、メロ」
それだけ言って一歩踏み出す。約束を一瞬破ってちらりと振り返ると、顔を隠したまま大きくうなずくメロが視界の隅に入った。
乗りこんだ列車がウィンチェスター駅のホームを離れてから──俺は初めて、泣いた。
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