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Observer's name:5章 1/2
5.It is 《M》 to...
2008,The United States
「ただいま」
アジトのドアを開けると、俺は抱えていた猫を放してやった。帰り道で買った荷物もついでに、入り口に投げ出す。
「うわ、なんだこりゃ、何、何、この猫!」
黒革張りのソファでだらだらしていたメロが、珍客の襲来に飛び起きる。
見慣れない部屋に興奮したのか、猫は白い弾丸と化して、あちらこちらをハイスピードで探検し出す。外に逃げられる前に、俺は後ろ手でドアを閉める。
「今回の《メッセージ》配達先が、飼ってた猫」
「……さっきの電話で何かお前が言いかけたのって、そのことなのか?」
「まあね」
走り回る猫を見ながら、俺たちはまずアフタヌーンティーを楽しんだ。《ハウス》の習慣をひきずっているといえばそれまでだが、親しい相手とゆっくり茶を飲むのは至福のひと時だ。
「だがな」
板チョコレートかじり二枚目を過ぎたところで、メロが切り出す。
「マット、それでどーすんだよ?この猫」
「……メロは、猫嫌いだったか?」
「むしろ好きだけど」
「でも、連れて行くわけには……」
「無理だな、残念ながら」
だいぶ落ち着いてきて、ヒーターの横で丸まり出した猫を、よっこらせ、とメロは抱く。
そのまま革張りのソファに座った奴の膝の上で、眠り出す猫──安心、安全……《標識》を《読み》、メロはなんでここまで動物に好かれるのか考えてみる。メロ自身がかなり野生の獣に近いからかもしれない。なんて。
「どうよマット、俺もこうやって白猫抱いてると、結構マフィアのボスっぽくねえ?」
「ああ、かなり」
十八を過ぎたにも関わらず、こういう風におどけてみせるのがやはりメロのメロたる由縁だった。
あれから三年と少し。あの時の誓いは不変であり続けた。あらゆる汚い手段を使い、俺を使い、《キラ》に勝つための準備は着々と整えられつつある。
「マット。あと、何分だっけ?」
白い毛並みを撫でつつ問うメロ。俺はちらりと携帯電話のディスプレイを見る。
「そうだな、えーと、十二分だ。十二分二十五秒」
「じゃ、もうちょっとだな。傷はもう大丈夫か?」
「あの医者の腕が良かったんだな。もう傷口はかなりふさがりかけてるし、薬がよく効いて痛みもない。抜糸のやり方は教えてもらった」
一ヶ月前の抗争で、俺はうっかりして左腕に流れ弾を受けてしまった。
幸い、さほど口径の大きい銃でもなく、弾も綺麗に抜けてくれたのだが──闇医者に傷を診てもらっていた最中。
「あんた、ここんとこに何か埋める手術した?」
医者の爺さんは、ぎょろりとした目でこちらを睨むと、ピンセットで傷口を指した。
「埋める?」
「何かさあ、ちっちゃい機械みたいなもんが見えるんだよねえ……ほい、レントゲンにも写ってるから確認してみるがええさ」
不審に思い、追加料金を払って摘出してもらったそれは、ある種の発信機だった。
《ハウス》で体を調べられた時、実験の一環だと言って電極を埋め込まれたり取り出したり色々いじくられたものだが……研究が一通り終わった段階で、全部取ってしまったと説明されたはずなのに。
「大方あれだろ?誰か研究チームの一人が、取り出すふりをして、最後にこっそり埋めておいたんだよ。お前はあの研究チームを避けていたし、会わなければ《読まれる》こともないからな」
メロの指摘は、痛いところをついていた。
確かにあの最後の手術以来、俺はチームへは二度と戻らなかったからだ。それにしても、ロジャーも何もそんなことは……。
「馬鹿。ロジャーはきっと、お前が《ハウス》を出て行った後にその報告を受けたんだ。ロジャーともあれ以来、会ってないんだろ?」
その通り。
連絡も電話やメールであれば、俺に《読まれて》しまう心配はない。なんだかずいぶん穴がある《能力》だな、俺のって……。
そんなことを思い出しつつ、右の胸ポケットに入れた問題の品を取り出す。
ごく平凡な小型のカプセルのように見えるが、解析した結果、位置情報発信と生体反応認識という二大機能を兼ね備えた──つまり、俺が生存しているか、俺の現在どこにいるか、の二つをもれなく《ハウス》に送信する超高性能メカ。
ロジャーとの契約──俺が《ハウス》から出るための、条件二つ。
条件その一。俺は《卒業生》として、一定の金額を《ハウス》に生涯援助し続ける。また、何かあった際《ハウス》の関係者には、優先的に協力する。
条件その二。俺が十八歳になるまでは、身柄は常に《ハウス》の監視下に置かれる。
──あれからも様々な手を使って《ハウス》に援助金は送り続けているし、今はメロの元で、つまり《ハウス》の関係者に優先的に協力しているとも言える。おまけにこのカプセルで、常に監視下に置かれていたときたもんだ。
《L》が死んだ時まもなく提示されたあの件にしても、「メロの行方を追い、監視、もしくは《ハウス》へ連れ戻すか」なのだから、裏切ったというわけではない。俺がここまで契約を守り続けたのだから、ロジャーもきっと納得してくれることだろう。
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